JJ5D:申し込みに関するお知らせ

JJ5Dの申し込み受付は終了しました。

JJ5D:申込状況

6月3日(木)にJJ5Dの受付が始まり、1期(7月27日~31日):92名、2期(8月3日~7日):108名のお申し込みをいただきました。ありがとうございます。

現在小学生の申し込み枠に多少空きがあり、引き続き募集しております。
JJ5Dに関するご質問等ございましたら、浜寺聖書教会までお問い合わせくださいませ。

受付について

6/3(木)10時から受付を開始します。
参加ご希望の方は、申し込み書に必要事項を記入の上直接教会にお越し下さい。
電話の申し込みは行っておりませんので、ご協力よろしくお願いします。

【証】2010年夏STMチーム2:シャノン・アームストロング

シャノン

私はグレイス・コミュニティー教会でずっと育ってきたこと、とても信仰深い両親であったことを祝福であったと思っています。私は若いときに父と一緒にひざまずいてイエス様を私の救い主として受け入れ、心にきてくださるように祈ったことを覚えています。私の両親はキリストにある基本的な信仰において自分たちの生活にどのように適用させていくのかを教えてくれて、とても役に立ちました。両親はさまざまな教会の活動グループに参加できるためにクリスチャンスクールに私を入学させました。そしてうちでワークブックや一緒にデボーションを持つことをとおして私に教えました。クリスチャンとしての生活がどんなものであるのかわかっていました。けれども神様は誠実なお方で私が成長していくにつれ、私が生活で犯す罪の部分と完全に主にゆだねていない部分を示してくださいました。

中学生の時 クリスチャンであると主張していた仲のいい友達たちが、主が喜ばないような行動を取り始めました。けれでも私は多くのクラスメイトに「格好悪い」と思われたくなかったので、彼らとの友情にしがみついていました。私の好きな聖書箇所の1つは、このことを強く勧めているローマ12章2節です。「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神の御心は何か、すなわち、何がよいことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一身によって自分を変えなさい。」主の憐れみにより神は、私にこの友達関係を主に明け渡していなかったこと教えてくださり、主がどのように思われるかよりも、私の友達がどのように思うかに関心があったことについて示してくださいました。

私が主にこの罪を告白すれば第1ヨハネ1章9節で言われているように神は真実で正しい方ですから、その罪を赦してくださいます。感謝なことに私には他に神様の基準に従うことを選んだ友達がいました。それで神様はこの時を用いて私の信仰を強めてくださり、私が主に従順であるということは私の周りに居る人々に依存することではないことを気付かせてくださいました。

神は高校生の最後の年に神様との交わりにおいて重要な部分を無視していたことについて示してくださいました。私は表面上は特に間違いを犯すことがないような生活を送っていました。内面ではキリストの子供が創造主と持つべき深い交わりがありませんでした。

私はヨハネ3章16節「神は、実に、そのひとり子をおあたえになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠の命を持つためである。」を信じています。これは私が小さいときから知っている箇所です。キリストは私を罪から救い出すために十字架にかかって死んでくださり、地獄で永遠の痛みや苦しみを受けるに値する者であるにもかかわらず、御国で永遠にキリストと共に交わりができるように犠牲になってくださいました。自分の働きによってでは天国に行くことができず、神の恵みの賜物であることを私はわかっていました。しかし私は日々の生活を満たすためのこの真理を受け入れていませんでした。みことばを読み、祈ることを通して、より神に近づき成長するための機会として日々のその時々を考えていくべきでした。

けれども、自分は勉強や、スポーツをすること、友達と過ごすことを最優先としてきました。私は、神様と共に自分の生活を作り上げるのではなく、絶えず自分の生活にイエス様を合わせるようにしました。ピリピ3章8節では「それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、・・・」とパウロは述べています。主に仕えることや主を知ることに比べると、今まで私が費やした時間は損やちりあくたでした。自分の人生を主に捧げることは、今まで決めたことではすばらしい選択です。神様は詩篇37篇4節に書かれている「主をおのれの喜びとせよ」とは喜びを持って生きる-つまり自分自身の代わりに主を生活の中心に置くということを悟らせてくださいました。

若いときに、主に導かれるために両親を用いてくださったことを感謝しています。それに加え、私の主として救い主として神との交わりの中で、神様の誠実さを確信できることにも感謝しています。私は主が計り知れない愛を私に注いでくださることにいまだに驚いています。また主は私の罪から私を救い出すために十字架上で死ぬこともいとわないと思ってくださったことにもです。それだけではなく、個人的な関係を私と持ちたいと思ってくださっていることもです。主は救い主であり、創造主であるというだけでなく、慰め主であり、友達でもあるのです。主は、詩篇139篇で「私の道をことごとく知っておられます。ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく知っておられます。」主は自分が自分自身を知るよりもよく知ってくださいます。そして主の栄光をたたえるという最も価値のある満ち足りた人生を過ごすことを望んでおられます。主と共に人生を築き、他のことを優先してしまう誘惑といつも戦うことについて日々奮闘します。けれども私は罪の奴隷ではもはやないことを知っています。主の恵みの御許にあって私たちの歩む道、一歩一歩を助けてくださいます。

私は主のために生きるために努力します。将来の希望は天国でずっと一緒に主と共にいることです。そして私は多くの人にすばらしい特権と主との交わりによる満足を得られること、主と共に生きる生活があるということ伝えながら、これからも生きていきたいと思います。

【証】2010年夏STMチーム2:キミー・ウォング

キミー

私の人生を振り返ってみると私の人生に救いの完全な計画をもって働いてくださった神様の御手のわざがはっきりと分かり、驚嘆します。教会へは通っていませんでしたが、神様は私の幼い頃に御自身を明らかにしてくださいました。私はキリスト教主義の小学校に入学し、神様と聖書について学びました。しかしテストに合格するための知識を詰め込んだ勉強でした。 2年生のとき、友だちが誘ってくれた教会の夏のキャンプが楽しくて、毎年続けて参加しました。そこではキリストが私の救い主であるという真の意味を理解することなく、ただ祈っていました。成長して中学生になってから、日曜日に教会へ行き、中学生の交わり会に参加するようになりましたが、自分の心を満足させることや友だちと付き合うことが動機となっていました。今、私は私が学んだこれらのことを神様が用いられ、私が神様に近づくために教会で過ごさせて下さったときであったと確信しています。

私はクリスチャンであると言いながら聖書の中の神様が言われるクリスチャンのあるべき姿とはかけ離れていました。自己中心で自分の栄光のために勉強やバスケットボールをがんばっていました。また自分は善い人であり必要なものはすべて持っていました。聖い神様の方を向いていない私の罪から救ってくださる神様の方を見向きもせず、絶望の中に身を置いていました。私は神が恵みの内に私を救うように選ばれ、神のひとり子が死んでくださり、それで私が神と正しい関係を持つことができるようにという確信を持てるようにしてくださった確実な時を正確に指摘できません。しかし少しずつ私の心がよい方向に変化していくのを気付きました。神様のことをもっと知りたい、神様の栄光を表した生き方をしたいと願うようになっていったのです。

神様は今も私との関係をより親密に、成長させてくださっています。クリスチャンとして正しく生きようとしている私を忍耐をもって見守り、導いてくださる神様に心より感謝しています。UCLAのグレイス・オン・キャンパスに導いてくださり、そこでますます神様のことを学べていることに何より感謝しています。今年に入り、見通しのたたない不安、試練を通して神様に信頼して歩むことを学んでいます。これらの経験は神様が私に与えてくださる最善であり、またそれは神様の栄光を表すためのものであることを心から信じています。将来のことは分かりませんが、神様のご計画は人知を超えた素晴らしいものであることを私は知っているので、心に平安を保っています。

またこの夏、日本に再び行き、神様がなされる大いなるみわざを見たいと願っています。

【証】2010年夏STMチーム2:ジミー・ロー

ジミー

私はクリスチャンの家庭で育ったわけではありませんが(一家は仏教徒です)、いつもキリスト教の周辺にいました。キリスト教との馴れ初めは6年生の時から高校を卒業するまで、クリスチャンの学校に通っていたことです。そういうわけで私は天国と地獄といった概念に馴染んでいました。当然のことながら、私は自分の魂はどうなっていくのだろうかという絶え間のない悩みを抱えていました。もし聖書が真実で、私は自分の罪深さが理由で救われなかったなら、地獄に落ちるであろうという厳しい現実に直面しなければなりません。

しかし私には希望がなかったわけではありませんでした。私はまた慈悲深き神が御子イエス・キリストの十字架の贖いによって、救いを備えてくださったことも教えられました。もし私がキリストにある信仰を持ち、主が成し遂げてくださったことをすべて信じるならば、私の罪は赦され、私の魂はもう滅びることはありません。私は救いに値するような人間ではありませんが、主によって一方的な救いの恵みを与えていただいたのです。私はただ祈りと神の御心に対する服従によって、救いをいただいたのです。

しかしながらこの真実を受け入れることは私にとってたやすいことではありませんでした。自分の生き方が嫌いで、傲慢にも主に逆らってきました。母は 6年生の時に亡くなりました。母の死によって一家は多くの経済的な不安に直面しました。私の目には、神様が生活を保障してくださるようには見えませんでした。そして母の死によって、私はお金だけが安心の源に思えてきたのです。私にお金があれば授業料をはじめ家族の支払いをすべてまかなうことができるし、将来の不測の事態に対する備えもできると思っていました。そしてお金があれば何でも買えて私の欲望を満たすことができるし、お金こそ幸せの源泉でした。

しかし神様は辛抱強く私を見守ってくださいました。高校生の時、神様はある一人の先生と出会わせてくださいました。その女の先生は時間をかけて私と一緒に福音書を読んでくれました。けれども私はその先生とともに福音書を学ぶことを嫌がっていました。なぜかというと私は自分を変えようとは思わなかったし、それに家族にからかわれたくなかったからです。私はわざと先生の信仰を試すような質問をしました。「もし神様が私たちを愛してくださっているのなら、なぜ世界中に罪が満ち溢れていることをお許しになったのか?」とか「もし神様が私たちを愛してくださっているのなら、なぜすべての人々をお救いにならないのか?」と。
先生はいつも辛抱強く慈愛に満ちたまなざしを私に向けてくれました。それで私がどのような無理難題を投げかけても、先生の信仰は揺るぎのないものでした。先生の生き方を見ていると、私は知らないうちに先生が好きになっていました。思うに、この時からじわじわと私の心は神様に対して開かれていきました。

大学に入学すると、私はこの高校の先生からキリスト教の団体を探し出すようにと激励されました。私は先生のアドバイスを聞き入れ、それに従いました。私はすぐにUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス分校)のグレイス・オン・キャンパスに入りました。この団体はグレイス・コミュニティー教会と提携していました。私がこの団体に参加することができるように、本当に主の恵みがもたらされたのだと思います。神様は私の考えを変えるために多くの人々をお遣わしになりました。思い起こせば、お金も功績も私の魂を救うことはできなかったのです。私は天国への道を買うことも得ることもできません。そして神様の主権を否定することもできません。私は神様が私に最善を望んでおられるとは考えていなかったので、神様に逆らい続けてきました。しかしこのような考え方は御言葉に反しています。御言葉によれば、主は主を愛しする人々のために最善をなすべく働いておられます。私は主がほんとうに私を愛してくださり、善いことも悪いこともすべて私の人生の最善のために用いてくださるということを受け入れなければなりません。

そして何よりも重要なこととしてキリストが私のために死んでくださるべきであった、しかしキリストは私を愛するがゆえにそうなさったのだということをついに理解したとき、私はへりくだることが出来ました。キリストの(十字架の)死は愛と贖いを究極的にあらわしたものです。私はキリストほどに私を満たしてくれるものはこの世には何もないのだということを理解しました。このことの理解に達したとき、私はひざまずいて神が私を救ってくださるようにと主に祈ったのです。

このことは何を意味するのでしょうか。私は何も恐れる必要がありません。私の人生における多くのことはわびしく希望のないものに感じられるかも知れません。今この時も私は過去に恐れていた多くのことがらに打ち勝ってきたとは言えません。しかし私の人生において何が起ころうと、永遠のことに比べれば何事も大した問題ではありません。すなわち神様と共に永遠の時を過ごすことができるということ、このことが量り知れない希望と喜びを私に与えてくれるのです。

【証】2010年夏STMチーム2:スティーブン・チャン

スティーブン

私が覚えている限り、両親はいつも私を教会に連れて行ってくれました。幼いころ、日曜学校やアワナ(クリスチャンのボーイスカウト)などたくさんの教会の行事に出席しました。私は教会で学んだ全てのことは真実ではないと思ったことはありませんでした。私はそれを決して疑問に思いませんでした。私ははじめからイエスが地上を歩かれたこと、そして十字架の上で死なれたことを事実として信じていました。しかし、これは知的な同意で、救いに至る信仰ではありませんでした。それは私にとって歴史物語以上のものではなかったのです。

私は教会に出席していたにもかかわらず、私の心は正しいところにありませんでした。私は全ての物事を自身の利益のために行っていました。私はアワナにゲームのために行っていました。そこで聖句を暗記するのが大好きでした。動機は神をことばを覚えるのでなく、暗記すると新しいバッジや賞がもらえ、みんなから褒められるからでした。私の心はプライドで満たされていました。私の行いは思慮深い悔い改めの心から出たものではありませんでした。私は単純にイエスという人が2000年前に私のために死んだことを理解しさえすれば、全てがうまくいくと思っていました。

高校時代、私は学校でよいことをしたりフットボールチームでプレイしていることで自分自身を誇っていました。私は真剣に学校では超イケてると思っていました。しかし、神は恵みによって私に罪を示され始めました。教会の若い人たちの学びに出席し始め、毎週みことのばのメッセージを聞いていました。神は私の心を柔らかくし始めました。神は私に全ての人が罪人であり、永遠の罰と死に定められていることを示されました。私は神が聖く公正で、すべての人々に完璧であることを求められていることを知りました。神の私たちに対する大きな愛のゆえに、御子であるイエス・キ リストを送って私たちの罪の罰を支払って死なせ、私たちが永遠の命を得るようにしてくださったことを分かり始めました。高校 2年のある段階で神はこの理解に私の目を開かせてくださいました。そしてそれは私の人生にとって最もすばらしい理解でした。

私は救われたにも関わらず、未熟な信者でした。高校の残りの期間は私の人生の中で最も霊的に弱った時期でした。私は高校の友人の罪の影響を喜んで受けていました。信仰者生活の日々の鍛錬からは大きく外れ、サタンのえじきとなり、この世の約束を追い求めていました。しかし、そんな私を神はほっておかれませんでした。大学進学前の夏の 1か月間、私は中国で過ごしました。そこで私は退屈でした。ある日、私はテーブルの端に聖書があるのに目をとめました。そして突然、それを読みたい衝動にかられました。私は聖書を読み、そしてそれを毎日続けました。読んで読んで読みまくりました。アメリカに帰るときまでには聖書の大部分を読み終わり、たくさんの疑問を持っていました。

UCLAに入学して、慈愛に満ちた神は私にグレース・オン・キャンパス (聖書の学び)に足を運ばせてくださり、グレースコミュニュティー教会に行かせてくださいました。ここに神が私をキリストに似た者へと、また成長した者へと変えて下さったことが分かります。そこでの人々のもっと神のことを知りたい、成長したいという願いは私の心に火をつけました。私は、みことばを読むことに時間を使い、祈り、クリスチャンの友人と交わることを始めました。私は信じたことをもっと知りたいという思いに駆られ、毎日福音を心に蓄えていたいと思い始めました。私にはまだ成長すべき多くの部分があります。私が信仰者として歩んだ短い期間を振り返ると、神は慈愛に満ちた、誠実なお方であることが分かります。神はとてつもない誘惑のときの中から私を引き上げてくださいました。そして神が私を贖ったゆえに何者をも私をイエス・キリストにある神の愛から引き離すことができないことを教えてくださいました。神は何と素晴らしい方でしょう。私たちがみな、すべての行いをもって神の栄光をたたえ続けることができますように。

【証】2010年夏STMチーム2:アリス・リー

アリス

私はクリスチャンホームで育ち、子供の頃から教会へ通っていました。覚えている限りでは私はいつも神様の存在を信じていましたが、私の理解は限られた不完全なものであったため、ただ自分が喜ぶことをし自分勝手に生きる以外知りませんでした。

正確な日時は覚えていませんが、キリストを私の救い主として公に「受け入れ」る決心をしたのは私が12歳の時だったと思います。教会の伝道集会での講壇からの招きに答えました。その時点で私は若い信仰者であったのですが、無知で影響されやすく導いてくれる人もいなかったので、キリストとの関係に何を求めたらよいのか、キリストのようになることを追求するとは、そして本当に神様を知るとはどのようなことなのか、明確な理解もなく「クリスチャン」になろうとする落とし穴に陥ってしまいました。

私は良いクリスチャンがすると思われることをしました。毎週教会へ行き、聖書を読み、食事と寝る前にはお祈りをし、教会での奉仕に熱心になりました。残念ながら神様との関係は浅いものでした。私は不十分で成長するのに必要な基礎がなかったのです。外見は健康に見えたのでしょう。しかし罪との戦いが続いていることは表に出たり、突きつけられたり、論じられることがありませんでした。変わることや成長する必要に気付かないまま信仰者としての私の生活は10年以上このように続きました。

必要や求められることを果たすための働きをしていましたが、それは教会やあるキリストへの真の愛から生まれたやる気から出たものではありませんでした。道徳的にふるまい、行動や行儀の仕方を守っていました。福音の真実を喜んで受け入れることや日々の生活におけるそれらの影響、完全に主にあって人生が支配されていることから私の心が完全に遠く離れている間でも。

けれども神様は偉大なご意思で 2005年に家を出たとき、私を力強く打ち砕き、完全に彼に信頼するように導く時を用いてくださいました。主は私の心の中の高慢と偶像を明らかにされました。神様は私の目を開いてくださり、キリストにあるとは真にどういうことなのか、罪を嘆き、悔い改めること、聖くなり成長し続けることの必要性を示してくださいました。

私が常に日々御言葉に立つようになったのは聖書研究会に参加し始めたときからで、もっと主を学び、本当に愛したいという思いは純粋に熱心なものとなりました。色々な行事や親しい友人を招く会を通して、私は2008年にグレース・コミュニティー教会を訪れました。すぐに基礎の学びに出るようになりました。そこにいる人々の御言葉に対する愛、キリストへの愛、そして隣人を愛することに何と熱心であるかを、私欲のない配慮や私に無理なく、又チャレンジとして与えられる奉仕を通して見ることができました。私は思いました。「これが御計画されたことなのだ」と。神様がなさる時は完全です。

主は私が変化を必要としていることをご存知で私の心が準備できたとき、私は牧師に呼ばれました。彼は私に良い本と信仰の友、そして私を導き成長させてくれる確かな教えを与えてくれました。私は無駄にした年月と愚かだったことを嘆きましたが、神様が目的と理由がある「より神様のご栄光が現れされる時」をお持ちだということを知っています。

私は神様が私たち個々に異なった旅を与えてくださると信じます。私にとっては調整するのに困難な年月を経験し、かつて知っていたことの核心がすべて揺さぶられる経験をしました。でもそのことを通して私は成長し、すばらしい利益を受けてきました。それは他の何にも変えられないものです。

私は神様の高い目線を持つこと、聖書の高い目線、人の低い価値観、そして自分固有目線を知っています。それは恵み、驚くばかりの恵みを経験するためだとういうことを知っています。なぜ神様が憎まれたように私も罪を憎まなければならないのか、他の人々を無理と思うときでも愛し、赦さなければならないかを知っています。主にある関係を深める価値を知っています。愛を与えることと受けることの両方、戒め、励ますこと・・・。私は教会の群れの中で自分を委ね、奉仕することを喜んでいます。キリストと彼の御命令に従うことも。なぜなら神様を愛しているからです。私は神様から私への尊い御言葉のプレゼントを大切にしています。そして御言葉を学ぶことで神様をより知り、より愛すことができることを大切としています。私は祈りと神が熱心に聞いてくださることを知るという特権を通して、力を見出しました。私はイエスを未だに知らない哀れに死んでいく女の人に福音と神と共に歩むのはどういうことかを伝えたいのです。かつて得たものを数えましたが、今ではキリスト・イエスを知るすばらしさに比べれば価値がないことを知っています。

私の人生はキリストにあり、全てをゆだねています。なぜなら彼が全ての代価を払って下さったからです。神を賛美します。なぜなら私たちは偉大で、再び戻って来られる王に仕えているのですから。

【証】2010年夏STMチーム2:イングリッド・ユー

イングリッド

私は自分の救いのはっきりした日時やタイミングや年齢を思い出すことはできません。私は2歳弱のときからずっと教会に通っています。私の両親は私を通常の礼拝や活動に没頭させただけでなく、聖書の授業や暗唱聖句や祈りが毎日行われている私立のクリスチャン学校に入学させました。私の両親が夜の聖書研究会に出席している間、週に一度の教会での託児で福音を宣べ伝えるために世界中を旅している色んな宣教師についての話を幼いころから聞かされていたものでした。私が5歳のとき水におぼれそうになっている間、神を大声で呼んでいたのを覚えているので、それよりも幼いころに神の存在を信じていたことはわかっています。大きくなるにつれて母は箴言を読んでその聖句の意味を話し合うために、毎日学校が終わったあとに姉と私を座らせていました。

私は両親が私を育ててきたような育て方を両親が選んだことをほとんど疑問に思いませんでした。聖書は神の言葉で、絶対に誤りのない真理だという信念が自分の中に染みついていました。私は自分が罪人で、イエスキリストが私の罪のためにご自信には罪がないのに十字架の上で死んでくださり、イエス様に許しを求めて自分の口でイエス様を主と告白するならば、永遠の命を得られるということを信じていました。皆さんはそのような私のクリスチャンとしての育ちから「あなたがたは恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。 [エペソ人への手紙2章8-9節]」が言うように救いは行いによってではなく神の恵みによってだと私が理解していたと思われるかもしれません。しかし、私の中の罪深く反抗的な部分が神様に完全に自分の人生を明け渡すことを拒んでいました。私は毎日聖書を読み、習慣的に祈り、日曜に教会に出席し、両親に従っているかぎり、自分のしたいことをするのは自由だと思っていました。外見上、両親のなだめ方を知っている良い子供を自負していましたが、内面では罪深く完璧主義な態度が起こっていました。

教会の修養会があったある夏の週、すべてを統治されている主は自分の人生をコントロールしようとしたり高慢で間違った考え方をしたりする私の罪を示してくださいました。十字架の上でのキリストの死と復活、そして唯一主の赦しと恵みを通してのみ、私は義とされるのであって、自分の行いによってではないということを理解し、信じるというそのような主との関係を必要としていることを理解する心に主は変え始めてくださいました。へりくだり、罪を悔い改める心や主が十字架で死んでくださった購いの理解から主を愛することを願うような主との関係が必要だったのです。修養会で私は自分と同じ年代の人が主に対して持っている情熱や愛にとても驚かされました。なぜ自分が神に対するそのような愛を持っていないのか不思議でした。主への情熱的な愛というよりも私は主を、自分の人生の単なる“なすべきこと”としていました。私にとって主はこの世の魅力的なもの~人間関係、人気、物質主義など~は一時的な幸せをもたらすものでしかないことを私に明らかにしてくださいました。様々な個人的経験を通してもこの世のことは常に変化するけれど、神は信頼に値し不変であるということを示されました。

「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。 [へブル書13章8節]」、「イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。[ヨハネの福音書14章6節]」

私はこの世は何も与えてくれないということ、そして私の人生は神の恵みの賜物を証して歩むべきだということを理解し始めました。神様は教えや御言葉を通して、神の子であるということは聖化への継続的成長経過であることを主は私に教え始められました。それは単なる「なすべきこと」のチェックリストではなく、主に信仰と信頼を完全に明け渡すことなのです。それから神様との関係は私には「なくてはならない」もので、「ほしい」もので、「必要」なものとなりました。私は今日、将来待ちうけていることが何かを知らずに生きていますが、主はすべてを統治され、主の計画は常に自分が計画したり予測したりすることよりもより良いものだということを知っていることに安らいでいます。

「神を愛する人々、すなわち、神の御計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。 [ローマ人への手紙8章28節]」

【証】2010年夏STMチーム2:スティーブン・チェン

スティフィン

私は愛する両親が私を毎週日曜日に教会へ連れて行き、食前には必ずお祈りをするようなクリスチャンの家庭に生まれ育ちました。そのような環境で育った私は幼い頃から福音に親しんできました。5歳のときのある金曜の夜の交わり会で教師は私が罪人であり、救い主を受け入れる必要があることを教えました。救い主を受け入れないと地獄に行く運命にあることを教えてくれ、私はイエス・キリストが自分の救い主として必要であると思いました。その晩教会から帰って来て、あらゆる永遠の裁きから逃れるための聖書的な祈りを両親に尋ねました。そこにはキリストとの交わりはなく、また本当の罪の重みも理解していませんでした。

その日から私は典型的なクリスチャンの少年として生きるようになりました。私は交わり会や教会に出席 し、聖句箇所を暗記し、讃美歌を歌いました。私は心の中で自分は祈っているのでクリスチャンだと考えていました。しかし罪の本当の意味を理解せず、聖 なる神の前に無礼な態度をとっていました。両親は私と彼らの友人に「この子は良い子だ。」と言い続け、私もその言葉を信じました。私自身はクリスチャンだと思っていました。そして私は祈る人に私はよい人間だと言っていました。私はうそや性的な悪い秘め事や自慢をしており、表の顔とは違うそれはまさしく私の本当の姿でした。このプライドが私自身の改心しない生活を気づかなくさせていました。私はまだ周囲に私はクリスチャンであると言い続けていました。

7年生(中学1年生)でサンディエゴからオレンジ郡に引っ越した時、新しい教会はハーベスト・クルーセイドの集いに招いてくれました。ローリーズ牧師のメッセージは覚えていませんが、感傷的な音楽の演奏とキリストを救い主として受け入れるようにとの彼の呼びかけを覚えています。その晩私は家に帰り、はっきりとキリストに私の人生を再び捧げました。しかし私はその晩すぐに改心したことに疑念を持っていました。中学・高校時代、神は本当に私の心を変えてくださり、自分は罪人であると認識し、救い主が私のために死んで下さったことを信じていました。この時神は私がよいクリスチャンの少年という理由ではなく、主の愛と恵み深い選びによって救ってくださいました。罪のために地獄に行くのがふさわしい哀れなわがままな少年を救って下さいました。神は私の罪が許される唯一の方法が十字架の現実であり、父なる神がそのひとり子を十字架につけられるという愛の犠牲であることを教えてくださいました。

しかしながら青年時代には様々な点において霊的に未成熟であると言えるでしょう。私は自分の歩みを霊的人格に頼り、みことばをめったに読みませんでした。私の心は聖書のみことばに反発していました。私はみことばを読む必要がないという個人的な考えを持っていました。私は罪の赦しと、神と一緒に歩み続けることを求めました。しかし、私には当然なすべき聖書のみことばを読むことと神に関する知識が欠けて いました。私の心は世的なことに簡単に従っていました。残酷な映画を観たり、変わりなくすべてのものを愛される救い主に代わり、女の子に満足を見出したりしていました。しかし、恵み深い主は私を見捨てられませんでした。大学時代に私をグレイス・オン・キャンパス(以下GOCと記載)に導いてくださいました。

GOCでは神は多くの方法を通して私の心を砕いてくださいました。神は私が主と密接な関係が築けていないこと、祈りや聖書を読むことが欠けていることを示してくださいました。主はどのような事にもみことばの真理の絶対的重要性を示してくださいました。主は私に兄弟姉妹たちを励ますことを通して私をキリストに似た者へと変え続けて下さるということを教えてくださいました。主は私の人生は定められており、目的は主の栄光を表すことで自分の慰めのためではないことを示してくださいました。

聖霊の働きを通してみことばは私の信仰を成熟したものに変えてくださることを学び会で学びました。主は私が5歳のころから、私の小さな祈りによって主と関係を持っていたことで、私と共にいてくださった忍耐強いお方であることが分かり始めました。

現在、私は神が私をそうしてくださった奇跡にとても感謝し、自分自身の喜びのために生きるのではなく、私のために死んでくださった主のために生きることを願っています。高慢で堕落した私のような者を誰でも救おうと選んでくださる全宇宙の聖なる神はいつも私をひざまずいて感謝する思いへと導かれます。キリストと共にある霊的福音によって、主が永遠に側にいてくださる天の家に私を伴われるまで、私の人生においてキリストを追い求め主の御栄光のために生きること以上の目的は見出せません。

【証】2010年夏STMチーム2:キャサリン・ドゥアベッカー

キャサリン

私は信仰の厚いクリスチャンファミリーに生まれ、ずっとミッションスクールに通い、そこで育ちました。グレイス教会には 4歳からずっと通っています。キリストを救い主として受け入れたのは、小学校1年生の頃でした。しかし学校生活では、多くの問題があり、実際退学処分寸前の時がありました。私は、再び外出禁止になり、家にいたある嵐の夜に、自分が堕落していることを、本当に理解するようになりました。そして、母の部屋に行き、祈ったのです。そのとき以来、私は変えられ、両親もそのことに気づき、私は霊的な歩みにおいて、真に成長し始めたのです。私の人生は決して容易なものではなく、いくつかの大変な試練も通り抜けましたが、主にあって成長を続けています。主は常に私の罪と改善すべき点を示してくださいます。霊的成長には、終わりが無いことを学ばされています。私は主にあって成熟し続けること、また、私が忍耐する必要がある全てのことに耐える力を主が私に与え続けてくださることを祈り願っています。

今までで一番つらかったのは高校 2年生の時のある出来事です。私は女子バスケットボールの代表チームのスターティングメンバーとして試合に出ていたのですが、膝を痛めました。数回の故障でそのシーズンはまるまるレギュラーからはずされました。膝の痛みは今でも毎日あります。私はなぜこんなことになったのか理解できず、主に対して激しい怒りを感じました。苦々しい思いと怒りでいっぱいになっていて、私の人生で最も暗い時期でした。膝の故障は3年生までつづき、私は二度とスターティングメンバーにはなれなかったのです。けれども、ついに私はその状態を受け入れることができました。なぜそのようなことが私におきたのか、決して理解することはできませんでしたが、怒り続けることはやめました。よく言うのですが、膝とその痛みは常に私と共にある、けれどもそれは時として、全てのものはいつでも変わりうるのだということを、私に思い起こさせてくれるものでもあるのです。主に信頼しなさい、なぜなら主はなされること全てをご存知だからです。主が私になされることを理解できないかもしれない、それでも私にわかるのは、主がなしてくださることが私を助け、成長させ、主に近づけてくださるのだということです。

【証】2010年夏STMチーム2:ブリアン・キング

ブリアン

私は赤ちゃんの時からグレイス・コミュニティー教会に出席しています。神様はクリスチャンホームで育ったこと、グレース教会で育ったことを祝福してくれていました。私の両親によれば私は4歳くらいの時、心に主を受け入れたそうです。

1997年の秋に私は新しい学校に通うことになり、4年生に入りました。この学校は他と異なって4年生から12年生(高校3年生)まである学校です。私にとって高校生をさけるのはとても難しかったです。たとえば彼らの服装や彼らの個性などです。これほどまでに高学年の人から強い影響が与えられるとは気づいていませんでした。自分が世俗的になり始めたのです。彼らと同じように汚い言葉を使ったりしている自分に気づくのに時間がかかりました。罪の中で自分を見失い、主を喜ばせる歩みをしていませんでした。

あるとき学校からバスに乗って家に帰るとき、クリスチャンの友達が私が主を心に受け入れるときのことについて聞いてきました。そのときのことを覚えていなかったので、覚えていないと答えました。

家に帰って母にどのように自分はキリストを救い主として信じたのかを聞きました。母は私がイエス様を救い主として受け入れた時の驚くべき夜の事を話してくれました。2、3時間ほど母が言ったこと、クリスチャンの友達が言ったことを考えていました。私はキリストを信じ、主は私の救い主でした。私の心が主を信じ、神の近くへ引き寄せられるように感じたことを憶えています。その夜寝る前にすべての罪を赦してくださるように祈りました。なぜなら学校で見かける高学年の生徒たちのように自分が成長していきたくなかったからです。

赦してもらうように祈ったあと、私の生活は変わったと感じました。高学年の人たちのように育ち、彼らがおかれている環境にいたくないことはわかっていました。主の助けによって私は自分の心や舌を自制することが出来ることがわかりました。ですから心から主に賛美することができます。主は理由があって私を選んでくださいました。十字架上の主の恵みと私たちに対する憐れみから私を選んでくださいました。

多くの試練ありましたが、そのたびに私たちの父なる神からの評価と強力な理解で主の元に戻ることができます。私たちの神は憐れみ深いお方です。 私はこの時代において、主の証人として自分の生涯を過ごしたいと願っています。

【証】2010年夏STMチーム2:セシリア・デン

セシリア

私はクリスチャンではない家族のもとで育ちましたが、幼稚園から高校3年生まで私立のクリスチャンスクールに通う機会に恵まれました。そのようにして私の主との歩みは始まりました。幼稚園以来ずっと、福音の話や私たちの罪のため十字架で死なれるために御子を送ってくださるという神の払われた犠牲について聞かされてきました。ついに3年生のとき、キリスト教について、またイエス・キリストが自分の罪のために死なれたと信じることが何を意味するのか考え始めました。そのうちにそのことについて、ある一人の先生と話をしました。会話の後、先生は祈りへと導いてくださり、自分の罪を悔い改めてキリストに私の救い主、そして購い主になってくださるように祈りました。それがまた私は自分自身をクリスチャンだと思い始めたときでもありました。

しかし私の生活はクリスチャンの真価や歩みを反映してはいませんでした。恐らく、私がまだクリスチャンであるということが本当にどういうことを意味するのかということについてよく理解していなかったからだと思います。私はただ地獄に行くことから自分を救いたかったことだけはわかっています。クリスチャンの叔母は私に教会に行くように薦め、両親の許しをもらって日曜学校に行きました。しかしそれはたった1年ほどで長くは続きませんでした。5年生の初めの頃、皆と一緒に教会に行くことをやめて気の向いた日にだけ行くことに決めましたが、それはただ変化を恐れていただけでした。中学と高校の間ずっと、私は母教会での金曜の夜の交わりには出席し続け、礼拝メッセージの最中も座っていましたけれど、私はただの自称クリスチャンでした。中学から高校まで私のクリスチャン生活はその時点のままで止まっていました。主に捧げる時間や主の前で静まる時間、そして祈りさえも時には不必要に思われました。私は俗に言う「霊的に死んだ」状態でした。自分をクリスチャンと呼ぶけれどクリスチャンとしては確かに行動していませんでした。

高校 2年生の 間、私は「難しい質問」と呼ばれる聖書のクラスをとりました。そのクラスでは先生がクラス中がそれぞれ一枚のメモカードに書いた質問のすべてについて答えてくれました。何が刺激的だったかというと、先生が聖書を調べもせずに聖書に基づいてすべての質問に答えるその答え方でした。先生はその聖句の節がある場所をはっきりと知っていて、私たちにその箇所を調べるように言うのでした。私はただ感動させられただけでなく、真実を追求することについても励まされました。しかし神や御言葉についてもっと見出したかったけれども、私がまた教会に通い始めることについて両親がどう思うかがはっきりわからず教会へは行き続けませんでした。

しかし神の恵みによって、大学に入学にするにつれ事態が変わりました。高校の間中、私は大学は神により近づけるようになるときか、それとも世的な楽しみのために神を見捨てるときになるだろうと常に言われてきました。私は自分のクリスチャン生活において変わるときだということがわかっていました。私はもはやただの自称クリスチャンではなく、大学の環境を利用して成長し、よりキリストに似た者になりたいと思っていました。間もなく、友達の協力でUCLAでのグレイス・オン・キャンパス(以下GOCと記載)と呼ばれるキャンパスの交わりに入ることになりました。宣教の働きにおいて神の御言葉を分かち合いたいという人々の渇きを見ることができ、私も彼らのようになりたいと思いました。UCLAでのGOCやグレイス・コミュニティ教会で私はキリストについて、また私のような罪人に今までしてくださったことについてのより正しい理解を深めているところです。それ以来、金曜の聖書研究会や日曜の朝のジョン・マッカーサー牧師のすばらしい説教や小グループを通してでさえも、神は恵み深く私を成長させてくださっています。私は家にいるとき、教会で学んできたことや神がどのように私に教え成長させてくださっているかについて、母に話をすることができます。私は神が私の人生にこれまでしてくださったことを思い出すとき、私には自分の人生におけるすべての栄光を神に帰するよりほか何もありません。

【証】2010年夏STMチーム2 :パトリック・クー

パトリック

私は台湾に生まれ、幼少の頃多くの年月をそこで過ごしました。その間、私はたくさんの時間を祖母と一緒に過ごし、教会へ連れて行ってもらいました。私はそんなに注意深くメッセージに耳を傾けていたわけではありませんが、神がおられることを私の日々の暮らしの中に生きて働いておられることがわかりました。子どもの頃、私はまたキリスト教以外の道徳的で精神的な原理も教えられましたが、それらがわたしの心を正しくすることはありませんでした。そのうち私は家族と共に町に引越し、母は私を教会に通わせました。私が成長してだんだん自分の頭で物事を考えられるようになってきたとき、私は自信過剰でプライドが高く尊大で自己中心的な人間になってきました。まるで子どものように私は天国と地獄の存在同様、私にいのちを与えて下さった神様が存在しておられることを理解していました。

けれどもまだ聖書の福音にはっきりと述べられていることに反して、私は自分の行いや自分独自の善悪を見極める力が十分なものであると感じていました。私は自分が正しいと思っていたことを行っていたので、天国に行く資格があると思っていました。私は善良な人間になるために一生懸命に働くことが神様の目から見て私に求められている唯一のことだと感じていました。このような自分勝手な思い込みを抱いて、私は人生の大半を送ってきました。プライドに突き動かされて私は人目に見て、教養においても社会性においても非のうちどころのない振る舞いをする人間になろうとしてきました。自分はいつも正しいので、他の人は間違っているに違いないと感じていました。それゆえに、自分の人生において受け入れられる権威は自分をおいて他にないと思っていたのです。

私は友だちや家族や先生たちや教会の指導者たちなど、周囲の私を矯正し、正しい方向に導こうとする人々と言い争ってきました。このような私の高慢さは止まることなく年々ひどくなり、最悪の状態となりました。私はかたくなな思い込みや願望のために神様に逆らっていつも学校で口論し争ったり、生活上、礼儀正しく権威のある人たちともめたりしてきました。転校を繰り返しトラブルを重ねてきましたが、その原因が自分の態度にあるとは思っていませんでした。この間も神様は私に主のご臨在を教えてくれた教会の兄弟姉妹たち同様、みことばを通して誠実に優しく、私に働きかけてくださいました。

アメリカへ移住してからも私は教会に通い続け、青年たちとの交わりに加わりました。教会でリーダーたちは常に私に励ましを与え、真のクリスチャンであるということはどういうことかを私が考えるように働きかけてくれました。彼らは私が毎週教会に通ってくるものの、クリスチャンではないということを知っていました。彼らは多くの時間をかけて私を教え導いてくれました。それは真のクリスチャンであるということは私の長年の教会生活がそうであったように、ただ頭の中の知識だけによるものではないということを私に解らせてくれるためでした。

私に求められていたことは私の人生の主権者として神様を受け入れること、みことばに従って生きていくことでした。神様に対する完全な理解と知識において成長していくにつれ、私は自分の罪深さや自分が神の御前においてどうあるべきかということも分かるようになってきました。これまでの私は神を信じたくないという願望と自己中心的な行動によって善悪の判断がつきにくくなっていたのです。

13歳の誕生日の一週間前、私はこれまでなんと神様に不従順にそして見せかけだけのクリスチャンとして偽善的に生きてきたことに気づいて悩みました。そのときでした。私がもう自分勝手なプライドや誤った善悪を判断する力に支配されて生きていくことはやめようと決意したのは。そしてこれからは神様に全く従順に生きていこうと。そして全能の主のみこころに人生のすべてをお委ねしようと。その日私はイエスさまを救い主として、わが主として私の人生に受け入れることを決心しました。

私はこれまで自分の基準によって天国に行けるものと思っていました。もし天国が存在するのならそこに至る道を歩み続けて行こうと思っていました。今にして思うことは今までの私は傲慢で、すべてのものをお造りになり生かし続けてくださる主権者としての神様を崇め讃えていませんでした。

もし私が主が与えてくださったみことばの代わりに自分の基準によって、イエスさまをいまだ生き続けておられるわが主として受け入れると言うならば、私はイエスさまをわが主として受け入れようとはしていないのです。もし私の信仰が私の心の在り方を変えていかないものであるならば、私は自分の信仰を吟味する必要があります。今や、私の救いの保証が私の弱さの中にあるのではなく、神様の恵みと力の中にあると言うことができて私はうれしいです。

【証】2010年夏STMチーム1 :スティーブ・トゥー

スティーブ

私はイエス・キリストに従うことも礼拝することも知らない家庭に生まれ育ちました。むしろ物質的に豊かな生活に頼っていました。私は道徳的に生活し、人に良いことをしたり、熱心に働いたり、社会に役立つ者になるよう教えられました。

10代になった時、私がクリスチャンになりたくなかった理由は、そのような宗教は堅苦し過ぎると思ったからです。うそをついてはいけない、盗んではいけない、罪の快楽を楽しんではいけないなどというようなことです。それらの中で最大の理由は、私の知っていたクリスチャンはみな偽善的でその他一般の人と同じように私には見えたからです。中学時代の私は暗い子で自分を憐れみ、罪の楽しみを満足できないことにイライラしていました。

最初に福音を聞いたのは友人が普段の会話の中で人生、死、天国、地獄などについて話していた時のことです。彼女は私に言いました。「すべての人間は神の命令にそむいたので、地獄に行って当然である」と。「イエス・キリストは救い主であって彼を人生の主とし、救い主として信じることが唯一の天国に行く道である」と。私は聞きはしましたが、その後そのことについて深く考えることはありませんでした。

8年生(中学2年生)の終わり頃、私は近くの教会の青年会に出席し始めました。それは単に一人の女の子に興味があったからです。時がたって、のぼせ上がっていた気持ちが落ちついても、私は依然その青年会に所属していました。その理由はそこで私がそれまでに培ってきた交友関係を維持するためでした。

その後、高校1年の11月にその青年会の修養会に行き、そこで賛美をしている時に感情が高まり、キリストを告白しました。しかし修養会のときの感情的な反応によって私が救われることはありませんでした。ローマ1: 16「福音は・・・信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です」にあるように信仰は単なる音楽に対する感情の応答ではありません。

神はその後何ヶ月間にもわたって、私に恵みを示して下さいました。その恵みとは「罪が神様に対するものであると知り、私がそれを憎むようになること。そして罪深さ故に私はまさに地獄に行くのにふさわしい者であると示されたこと。キリストは十字架上で私の身代わりとなって神の怒りを受けてくださったこと。イエスの人格と働きに信頼して彼に従順となり、キリストを救い主、また人生の主として従っていくことが救いの道であること」ということです。神の憐れみは受ける価値のない私のたましいにも届き、それを私に差し出してくださったということを知ったので、私は喜んで受け入れることができました。

クリスチャン生活は楽なことばかりではありませんが、キリストを知ったことの素晴らしさは世の何ものにも比べることができません。 神の約束にあっていつも信仰によって生きるのは難しいですが、神の恵みも私に十分注がれているので、私はそれをなすことができます。神のことばはいつも麗しく、いつも勇気を与えてくれます。

私の心は迷いやすい傾向にありますが、主は必ず私の心を捕らえてくださいます。テトス3:3-7は私の証そのものです。「私たちも以前は、愚かな者であり、不従順で、迷った者であり、いろいろな欲情と快楽の奴隷になり、悪意とねたみの中に生活し、憎まれ者であり、互いに憎み合う者でした。しかし私たちの救い主なる神のいつくしみと人への愛とが現われたとき、神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。
神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みによって、相続人となるためです。」

【証】2010年夏STMチーム1 :コリン・ニールセン

コリン

神の主権的摂理よって、私はクリスチャンホームに育ち、小さいころから教会に行っていました。聖書の代表的な話はすべて学び、教会で尋ねられるどのような質問に対しても正しい答えを知っていました。知的には早い段階で福音を受け入れていましたが、実際のところ本当のキリスト教について知ってはいませんでした。私の信仰というものに対する理解は根本が間違っていました。神に対する信仰とはクリスチャンが知っているすべての事実に同意することであると思っていました。

ヤコブ2:19『あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。』この聖句は私には聞き慣れないことばでした。ですが、この御言葉は若い時代における私の霊的な状態を正確に描写していたのです。その霊的な状態とはゆがめられた浅い信仰であったということです。何よりも私の日常生活や他人との関係が自分に信仰がないということをはっきりと示していました。

確かに私は教会に行き、 ミッションスクールに行きましたが、私の得たすべての聖書の知識は、私の人生を少しも変えることはありませんでした。幼稚園から小学1年生の間、私は問題児の1人 でした。いつも他の生徒や先生に心配をかけ他の人の感情を無視していました。2年生から5年生までは特に問題はありませんでしたが、学問に対する誇りもあり、自分の思うようにならない時は怒りが爆発し級友を冷たく侮辱しました。それが私の真実の姿でした。私は特に他人との関係において自分の罪深さを露呈させました。自分の力では到底自分の生活を変えることはできませんでした。

6年生になる前には学校の黙想の時に神の恵みによって自分の人生を評価するチャンスが与えられ、自分がどんな者であるかを知らされました。黙想の一区切りが終わったあと、自分の信仰を問い直し、いかに自分の人生は私が信じてると言ったことと全く矛盾していたかをみることになったのを覚えています。聖書によると信じる者は新しく創られた者で、新しい考え、神を喜ばせるという新しい願望を持ち、そして習慣的に罪を犯すことはないとあります。しかし、私の人生においてはそのようなものを確認することはできませんでした。私は神に祈り、私の人生を調べた時、神の恵みの力によって次のことを知りました。

私には悔い改めと、本当に心の底からキリストが私のためにして下さったことを信じる必要があること、そしてそれが私の人生に衝撃をもたらすこと。これが私が悔い改め信じた決定的な時であったか、今でも確かではありませんが、これは確かに神による私の信仰の成長の出発点でした。振り返ったとき、神が私の間違った考えや自分はクリスチャンだと信じて自分を欺いていたことから救って下さったことを感謝します。 時が流れ、聖書を読むにつれ教会や学校での学びを通して私の人生は変えられていきました。しかし私の人生にはまだ罪がありました。神は私に罪を確信させ、私を変えようと働き続けてくださいました。

神は私の10代の時代を通じて私の人生に働きをなし続けてくださいました。そんな中で私は神の導きによってベレヤ・クリスチャン高校に行くことになりました (使徒の働き17:10-11参照)。学校ではしっかりとした聖書の教理を教えられ、私の間違った考え方を改めるように導かれました。そのころスポーツや勉強に励んでいて神との関係を優先させなかったけれども、霊的に成長し続けることができました。

高校から大学への進学では、 UCLAに行くという重要な決心をしたというのが一番大きなことでした。 そこで私は霊的に大変影響をうけました。神の恵みによりグレースコミュニティー教会に導かれ、UCLAの聖書研究会(GOC)に入りました。そこで私は霊的に成長し神や他の人への奉仕につくようになりました。それはここで働くための神の備えた準備でありました。それにUCLA卒業後もそこで聖書研究会の奉仕を続けました。

今までにしてきたいろいろな選択や成長過程にある私自身の性格の変化を振り返るとき、全き確信を持って私に言えることは、神様の主権的な恵みが私を信仰の正統的な理解に導き、霊的に成長をもたらし継続的に私を聖化させ続けてきたことです。私の証は、途方もない罪の生活スタイルの話や急激な大変化といった話ではありませんが、自分自身の力によって決して悔い改めに至ることはなかったであろう一人の罪人に対する神のあふれる恵みを示したものであることに変わりはありません。

【証】2010年夏STMチーム1 :サラ・ヒウラ

サラ

神の御言葉が誠実に語られることがなかったら、私は救いの神を知ることはありませんでした。私は基礎となる福音のメッセージをいつも聞くことのできるとても祝福された環境の中にいました。祝福なことに私はクリスチャンの両親と共に教会で育ちました。救われた正確な日時ははっきり言えませんが、自分は神のものであると知っていました。神の恵みが必要な罪人であることに気付くまでにかなりの時間がかかりました。

4歳のとき、ローマ書3章23節「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず・・・」を学びました。罪の重大さを明確に理解するのにそんなに時間はかかりませんでした。罪とは故意に神の道徳的律法を破り、御心を冒涜することです。嘘をついたり、憎しみの心を持つこと、神以外の物や人を礼拝することは罪です。これらは決して小さな罪ではありません。

ローマ書6章23節に「罪の報酬は死です。」とありますが、これは神から完全に分離されること、あるいは地獄です。神の律法を破ったので私は地獄へ行くのにふさわしい人間です。地獄から私を救い出す方法は何一つありません。

幼い頃から福音を知っていましたが、パリサイ人のように間違った考えを持っていました。私は自分の価値に基づいて神の愛や恵みを受けられるのだと思っていました。私自身に何の価値もないのですから愚かな考えでした。私はかつて霊的に死んでいて、神が私を生かしてくださるまで神の恵みに完全に応答することができませんでした。罪の中にいては神の敵です。しかし憐れみ深い神が私を生かし、ご自分を明らかにされることを選ばれました。神が私を救うために選んでくださったことをとても感謝しています。 なぜなら私自身が神を選ぶことは出来ないからです。ただ恵みのゆえに、信仰による、ただイエス・キリストにあっての無償の賜物なのです。

ローマ書 5章6節、8節~11節でそのことを完全に教えています。
「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に不敬虔な者のために死んでくださいました。」「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。」かつては神の敵であった私たちが神によってその御怒りから救われたのです。イザヤ書53章にキリストは喜んで死んで下さり、しかも神は私たちのために彼を砕かれることを喜びとされたのです。イエスの完全なるいのち、死、葬り、3日目の復活によって私たちは救われるのです。このことを通して私たちは大きな喜びをもって神を礼拝できるのです。私自身が罪の贖いを十字架にかかってすることは全く不可能なので、イエスが十字架にかかり、私のすべての罪の代価を完全に支払われました。だから私自身が十字架にかかる必要はないのです。すべては信仰による神の賜物です。それは悔い改めによるのです。自分の罪を認め、その罪からキリストと共に離れて、私たちが恵みと憐れみによって受けるキリストの聖さにたちかえることです。神に対して自分自身を証明することはできないし、またその必要もありません。キリストが全てを支払ってくださいました。神は何と偉大なお方でしょう。

以上のことを知り、罪を悔い改め、恵みゆえの信仰によってイエス・キリストの救いの御わざを心から信じ、私は13歳のときにキリストに従い、バプテスマを受けました。驚くべきことは今もまだ日々罪を犯してしまいますが、私は赦されています。神は私が主にあって成長し続けられるように豊かに祝福してくださっています。みことば、教会、また神について私が読んだ書籍を通して、より神について学ぶことは大きな祝福です。私の理解をはるかに越える恵みや憐れみを溢れんばかりに与えられていることに驚いています。生きることは簡単ではありませんが、私は豊かに祝福されています。

ローマ書6章18節にあるように私はもはや罪の奴隷ではなく、義の奴隷となったのです。聖書の偉大な真理を単に聞くだけでなく、ヤコブ書1章22節で教えられている通り、私の生涯に適用していきたいと祈っています。

【証】2010年夏STMチーム1 :アラン・チャン

アラン
私は祖先や仏を礼拝している家族の下に生まれ、これらの偶像に毎日祈りを捧げる習慣の中で育ちました。毎年家族全員でお寺に行き、死者に祈りを捧げました。祖母はこれらの行為が不幸から家族を守ると堅く信じていました。私を見守ってくれる神がおられることを信じるように導かれ、カトリック系の中学、高校へ行きました。このような多神教の環境の中で成長した欲張りな罪人なので、私は人生全てがうまくいくために役立つできるだけ多くの神々や偶像を信じたいと思いました。神とは私の人生を気楽なものとする存在のしもべとして見ていました。また私が善良な人として価値があるので、神は私に安楽な生活、愛する友達や安定した仕事などを与えて当然だと信じていました。 2002年、2年間にもわたる友人の説得により、新しい友達や女友達に出会うために教会へ行く決心をしました。香港では男子校に通っていましたから。私は教会にしっかりとつながるのではなく土曜日の交わり会にだけ参加していました。

聖書勉強会の間でさえ、真理に注意を払うかわりに晩ごはんのことを考えていました。一年後、高校進学のためアメリカへやってきました。神の恵みにより一年前に仏教徒から改宗してクリスチャンになった叔母と一緒に暮らすことになりました。彼女は私が以前教会に通っていたことを知り、とても興奮し、毎週金曜と日曜日に教会へ行くことが習慣になるまで、近所の教会へと熱心に私を連れて行ってくれました。牧師の部屋で私が罪人であることを認め、イエス・キリストを救い主として受け入れるよう招かれました。私はそのときはっきりと救われたと思います。しかしその後も私の日常生活には少しの変化も見られず、悔い改めずに罪を犯し続けていました。聖霊の内住はなく、罪を犯していることに対する咎めもありませんでした。毎日曜日にみことばを聞いているにもかかわらず、父なる神との親密な関係を持てていませんでした。

神の恵みによりUCLAに3年生から編入することができました。今、神がこの学校に私を置いてくださっていることにとても感謝しています。憧れの学校に入れただけでなく、さらにグレース・オン・キャンパス(以下GOC)やグレース・コミュニティー教会に通い、神との親密な関係を持たせていただいていることに感謝しています。GOCでの始めの学期ではうまく馴染めずに苦しんでいて、自分の罪の心との戦いもあり他の交わりへ移ろうと考えていました。しかし神は恵み深く、真実な方です。忍耐深い小グループのリーダーであるジョナサンやルームメイト達、GOCのすべての友人を与えてくださいました。ジョナサンは困難の中にある私を助け、クリスチャンになるために、また愛に満ちた神に救われるための方法を教えてくれました。罪に満ちたこの世によっては決して満たされることはなく、偉大な創造主である神を求めることによってのみ私の餓えは満たされると気付きました。また私は罪人であり、聖い父なる神に近づけず、その代わりに地獄へ向かっていることに気付きました。地獄から私を救うために主なる神、救い主が必要であることも知りました。自分の罪を自分自身で取り除くことはできないと知ることにより、十字架に来なければなりませんでした。キリストの罪のない血によって過去、現在、そして未来の罪を洗いさっていただかねばならないのです。そうすれば聖い神の前に出て、永遠に主の御名を褒め称えることができるのです。今、私は自分が罪人であることを知っています。神は愛するひとり子を私の罪を負って死ぬために地上に送られました。今日、私はイエスこそ唯一の私の救い主であると証します。私は主の忠実なしもべとして主の栄光を現してゆきます。

【証】2010年夏STMチーム1 :ルーシー・シャー

ルーシー

私は複数の宗教を信じる家で育ちました。母方の家系はたくさんの神を信じ、いつも先祖のために紙幣を燃やしていました。一方、父方の家系は神の存在を否定していました。でも、私は、カトリック信者の祖母と暮らしていましたので、毎週ミサに参加してイエス・キリストについて聞いていました。私は自分が宗教に熱心であると自負していましたが、キリストとは何の関係もなく、罪に支配された生活を送っていました。というのは、私はこの世を神として崇拝し、友達や家族から褒められ、認めてもらえることを追い求めていたからです。神様はその恵みとあわれみによって、まだ敵であった私を、キリストにあって神様の子として選んでくださいました。

高校 2年生の夏に、私が休みの間に台湾に戻っていたとき、神様は私の人生に種を蒔いて下さいました。神様の主権の下、神様は、以前は信じていなかった叔母を用いて、私を台北の教会に連れて行って下さったのです。そこで私が見たのは、信者の生き様がどれほど一般の人と違うのか、また叔母が以前会った時とはどれほど違った人生を送っていたかということでした。その夏、神様は私をイエス・キリストについて知りたいという思いにさせてくださいました。3年生になるころ、私は金曜夜の若者の学びに参加し、ゆっくりとではありますが少しずつ神様は、私に神様の真理を解き明かしてくださいました。高校を卒業するころには、大学に行ったらクリスチャンの交わりに入りたいと思うようになっていました。

大学に入って、大学の中にあるグレースコミュニティ教会 (GCC)の聖書研究会に出席し始めて一週間たったころ、数人の人たちが私をお茶会に招待してくれました。その夜彼らがした質問のうちの1つは「あなたが今日死ぬとしたら、天国に行けると思う?」というものでした。そのときは、イエスさまを信じたとしてもそれで十分なのかどうか、正直なところわかりませんでした。私は良い人でしたし、少なくとも表面的には従順でした。しかし、“神様は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自身のあわれみの故に、聖霊による新生と更新との洗いをもって、私たちを救ってくださった”(テトス3:5)ということはよくわかっていませんでした。会話はさらに、私たちは皆恵みによって救われた罪人だという事、そして救いは私たちが自分の努力では得ることのできない無償の賜物であるという説明にも及びました(エペソ2:8)。私が力強い福音のメッセージを聞いた後、神様は、多くの試練を用いて私を遜らせて下らせてくださり、自分が罪人で、救い主が絶対に必用な者であることを、悟らせてくださいました。真実なる神様は、私が罪を悔い改め、イエス・キリストを私の主人また救い主として受け入れることを許して下さいました。その直後、わたしはGCCでバプテスマを受けました。

最初の種が蒔かれてからというもの、恵み深い神様は私の信仰をずっと成長させ続けて下さいました。神様は、御言葉の知恵、祈りのすばらしさ、交わりのうれしさを教えてくださいました。恵みにより、私の人を喜ばせようとする欲求は罪深いものであり、私を満足させるものは神様お一人だということがわかりました。私は、イエス・キリストに希望を置き、あらゆることをなして、この人生を恵み深い神様のご栄光のために捧げています。

【証】2010年夏STMチーム1 :プリシラ・ハング

プリシラ

私の両親が結婚したとき、父の学校の卒業を機に二人は台湾からアメリカに移住しました。彼らはとてもつつましい生活をし、アメリカでの生活を何とかやっていきました。その頃、彼らは教会に行き、共にバプテスマを受けました。父は博士課程を終え、とても良い仕事に就き、南カリフォルニアに移住しました。私の両親が移住したとき、彼らはもう教会へは行っていませんでした。兄と私は南カリフォルニアで生まれ、私たちのどちらも子供のときは教会に出席していませんでした。

私は普通の、守られたアメリカの生活をしてきました。良い友人に恵まれ、学校での良い成績を取り、この生活が好きでした。しかしながら中学生のときに私は両親に反抗しました。私は、非常に世的な娯楽を追い求めるようになったのです。例えば流行、買い物とか男子の注意をひく事!などを愛するようになりました。両親に従わず、尊敬すらも示しませんでした。人はティーンエージャにはよくあることだと言うかもしれませんが、このような世的な事柄の娯楽は高ぶった心と神様に対する憎しみの結果なのです。私は自分自身を神とし自分の欲望を満たしていました。私はそのことを分かっていませんでしたが、神の基準に対して不従順であったために滅びの道を歩んでいました。

聖書は箴言 17:5で、「主はすべての心おごる者を忌みきらわれる。確かに、この者は罰を免れない。」と言います。

罪人であった私に、神様が憐れみを示してくださいました。私が自分を救うことができないとご存知であるがゆえに、神様は十字架で私の罪の罰を受けるために御子を送ってくださいました。高校に入る前の夏、私のクリスチャンのいとこが私を教会の修養会に誘ってくれました。この修養会で私ははじめてクリスチャンというものを体験しました。私には解りませんでした、なぜみんな歌っているのか、なぜみんな説教を聴こうとするのか、なぜみんなこんなに素敵なのか!私はその会で何人かの友達を作りました。その友達に会うために、日曜日にときどき教会に行き始めました。一年ほど教会に行き、そして聖書を読んでみると、私にも解りはじめました。彼らは善い人たちだから教会に行くのではない、むしろ皆罪人で、神様のあわれみを必要としていることを知っているから行くのだという事を。

高校生のとき、私は自分も罪人であることを悟りました。私の世的な娯楽のすべては価値のないもので、それは私が創造主を知らなかったからでした。ついに私は、自分が地獄の罰がふさわしい者で、信仰により神様の前に義とされることを悟りました。第2コリント5章 21節に、イエス様の事に言及して神様は、「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」と言われます。私は罪を悔い改め、16歳のときに人生を捧げました。御言葉に従って、17歳のときにバプテスマを受け、それ以来教会で活発に活動しています。大学に入ってから、母がもう一度教会に行くようになりました。母は信仰に立ち返り、私たちは父と兄の救いのために祈っています。